また、この文章には、「最近の子どもは…」という感じのことが書かれていますが、具体的に誰かのことを書いているわけではありません。地元のカードショップでの体験や、友人の話などを聞いての感想です。
私の知人には、一生懸命デッキを作ろうとして、いろいろ考えている子どもがいます。そういう子がいるのを知ったうえで、「やはり、子どもはハイランダーデッキを作るべきだ」という考えに至りました(病気)。
1.デッキの作り方とか回し方とか(起)
最近の子どもは、お金を使って結構ながちデッキを作りますね。しかもそれが比較的簡単に回せちゃうから、自分が強くなったようにも思えちゃう。レシピを見てコピーしたら、そりゃ強いですよ。回し方が下手だって、何とかなっちゃいます。でも、ハイランダーはそうはいかないデッキの一つです。
自分で作って、こうしたいからこのカード、という風に意図がはっきりしてるから使える。そうでなければ、入ってるカードに文句が出ます。例えば、「ボウガイ」を入れていて「オニカマス」が入ってない。「なんでボウガイなん?3ターン目に○○出されたから負けたジャン。カマスなら…」「簡単に除去られた。結果的に相手に好き勝手やられた。まったくアドが取れない」という感じです。しかし、そこは「学校」で何とかしようとしているという意図や、相手のデッキを見た上でのプレイングがわかれば、「ここはボウガイは出してる場合じゃないからマナへ」「あと1ターンは待てるから、別のことやってとりあえず相手の出方を見てから」とか、いろいろ考えながらやっていけます。
要するに、レシピを見てコピーしても、勝てるはずの相手に勝てないデッキなのです。
2.必要パーツがそろわない、いや、そんなことはあり得ない(承)
よく聞くのは、「○○がないからこのデッキ組めない。」です。本当かそれは。レッドゾーンのデッキを作るのに、レッドゾーンがないなら、それは致命的です。しかし、単騎マグナム程度ならなくても組めます。5cだってそうです。「ニコル・ヴィルが高いから」、というなら、モーツァルトでいいじゃん。ダークマターでいいじゃん。執拗なるガイアでいいじゃん。
なぜ手元にあるカードで何とかしようと思わないのか。
3.生きる力、学ぶ力(転)
最近、教育関係の文書に「生きる力」とか書いてあったのを記憶しています。そしてまた最近、「学び」という言葉も流行ってきてるそうです。これらの言葉は、「自分で何とかやっていく力」のことだそうです(ざっくり)。いろんな情報集めて、自分で考えて答えを出すという力を、学校ではいま一生懸命はぐくんでいるのでしょう。
そんな力も、カードゲームで養うことができるんじゃないかと思ってます。手元にあるカード(情報)を集めて、考え(構築し)、試し(回し)、改善する。
【朗報】学校でつけたい力、カードゲームで事足りる【個人的戯言】
4.結局言いたいことは、(結)
何事も自分で考えて作るということが大切。そして、カードゲームは少なくともその一端を担える可能性があるということが言えそう。将来を担う子どもが、何でもかんでも敷かれたレールの上だけを走るのではなく、自分で考え、行動する機会を与えることができるなら、カードゲームだってやっていいじゃんか。テレビゲームだってやっていいじゃんか。何が悪いって、「答えを見て丸写し」がいけないんじゃないか。そんなのは、学校の宿題でやれよ(やるなよ)。何が悔しくて、自分の趣味にまでその”学校の宿題方式”を取り入れたいのか。デッキを作るのに、レシピを見るなとは言わないし、ゲームをするのに攻略を見るなとも言わないが、それだけで満足しているのってなんかおかしくないか。
5.おわりに(あとがき)
趣味って何だろうね。攻略を見てゲームをするのが趣味ならば、宿題をするのが趣味ってのもありそうなのに、なぜかそれはなさそう。
→ああそうか、最近のゲームはいろいろ解説があるから見ちゃうんだ。→そうだ、ならば解説なんてほとんどないようなものを与えればいいんだ→ハイランダーデッキを組ませれバインダー。
このブログのハイランダーに関する記事一覧はこちらから→ハイランダー記事まとめ
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